2016年1月21日
「紀伊半島沿岸の海の生物の保全を考える」と題した今回のシンポジウムでは、様々な海の生物について、多種多様な切り口から報告および議論が行われた。
まず、山口氏が、大規模開発による生物への影響という観点から、紀の川大堰とその影響について報告をされた。伊勢湾台風を教訓に、洪水防止策として造成されたのがこの堰だが、環境破壊をできるだけ防ぐために3種類の魚道や人工干潟の創出など様々な工夫を行っていることを知った。現在のところ植物まで含めた生物相に目立った悪影響は出ていないそうだが、これからの課題も多いようだ。今後の環境評価に注目したい。
「実は縄文時代の貝塚からもウナギの骨が発見されるんです。万葉集にはウナギを使った和歌もあります。」日本の夏には欠かせないウナギについて教えてくださったのは揖氏だ。ニホンウナギの漁獲量減少に歯止めをかけるために人間ができるのは、乱獲の禁止と生息しやすい環境の創出である、と熱く語り、「ウナギとともに絶滅しようとしているのは川でウナギをとって遊ぶ子供なのでは。」という言葉で会場の笑いを誘った。しかし、私自身も蒲焼になったウナギしか見たことがない。生き物を「切り身」としてしか認識していないことは生物多様性への意識を低下させ、生物保全の壁となっているかもしれない。
原田氏は、漁業の視点から、黒潮の和歌山県沿岸への近接度合いによって漁獲量が変化することを「レジームシフト」理論から説明された。しかし、栄養塩の増減などには人間活動も関与しているし、まだ分からないことも多いという。魚が大好きな日本人にとって、漁獲量の増減は大きな関心事である。今後の漁獲量変化とその要因について、どのようなことが明らかになっていくのか楽しみである。
今回のシンポジウムの中でひときわ大きな盛り上がりを見せたのは、大垣氏が中心となり30年間にわたって行われてきた調査の結果を報告された石田氏の発表である。和歌山県番所崎に出現する貝類を調査することによって、南方性種の増大と沿岸水温の上昇に相関があることを明らかにした。さらにこれは串本における魚類の長期的継続調査の結果とも一致するという。結果も興味深かったが、何よりこれだけのデータ収集とその編集に対して、賞賛の声が上がった。会場からは様々な質問がとんだが、それらを含めてさらに踏み込んだ話をいつかお聞きしたいと思った。
最後に、干潟の生物多様性について報告してくださったのは木村氏である。「日本の海にはどれくらいの種が生息していると思いますか?」「では、干潟にはどれくらい絶滅危惧種がいると思いますか?」というクイズ形式で講演が始まった。干潟というと、有明海などをイメージしがちだが、紀伊半島にも干潟が残っているという。しかし、限られた場所でしか生息しない干潟の生物は少しの開発によって大きなダメージを受けてしまう。また、近年は外来種も大きな問題となっていることから、干潟の生物相を保全するのは大変な努力が必要になるだろう。干潟を身近に感じる機会はあまりないが、だからこそこのお話は忘れずにずっと心にとどめておきたいものである。
「海のない奈良県で海のシンポジウムを行ったわけですが、『森は海の恋人』という言葉があるように、河川や海の環境保全は流域全体が関わるべき問題であり、その意味では奈良県においてシンポジウムが行われたことには意味があった」とセンター長はシンポジウムを締めくくった。
河口堰から漁業や干潟の生物に至るまで、多種多様な発表を拝聴することができた今回のシンポジウム。生物の保全やその資源利用については、時間的・空間的に広い視点をもって考えていきたいという認識を来場者に与えたのではないだろうか。スーパーで魚売場に立ったとき、水族館に行ったとき、一瞬でいいから考えてみたい。「この魚たちはどうしてここにいるのだろう。あと100年後、1千年後、1万年後、彼らの仲間たちはどこでどのようにして生きているのだろう。」と。
(文責:奈良女子大学 文学部人文社会学科4回生 大田千絵)