書評

2024年5月2日

愛しの生態系 研究者と守る「陸の豊かさ」  植生学会編 前迫ゆり責任編集

 

 日本の植生学研究者らが、日本各地の特徴的な植生の現況をとりまとめたのが本書である。植生は陸上のさまざまな生態系存立の基盤を成すものであり、陸域生態系保全の施策上もっとも基礎となるものと言える。私は、責任編集者の前迫ゆりさんから本書を贈呈いただくとともに、その書評の依頼を受けた。専門外の私にとっては、たくさんの陸域生態系の現況とその歴史が簡潔にまとめられている本書は、どの章も学ぶところが多く、また大変面白く読ませていただいた。それで書評の依頼も難なくお引き受けしたが、門外漢なので果たして妥当な評価ができるか、はなはだ疑問であるが、私なりの評価をさせていただくことにした。

 本書は、北海道から琉球列島までのさまざまな陸上植生タイプを個別的に紹介している。そして最後に解説編として、日本の植生分布とその過去から未来までとともに、日本の植生が作られてきたひとの関わり(二次的自然)と外来生物の現況が、わかりやすくまとめられている。用語の解説も、最後にとりまとめられているだけでなく、各植生タイプの解説中にも脚注として付けられている点などは、読者への思いやりが感じられる。各地の生態系の解説は現況の丁寧な説明とともに、時間軸を取り入れ、過去からの変遷履歴を簡潔に取り入れて、現在の状況説明をわかりやすくしている。また個々の執筆者がその地域で取ったデータの提示がなされているものも多く、専門書的な色合いも強めていると言えよう。いずれにしても本書の個別解説では、それぞれの植生タイプが、どのような経緯で成立してきたのか、そして今どのような課題があるかを、専門外にもわかりやすく説明している点が本書の特徴と言える。

 最後に私なりに気になった点を挙げておく。まず日本の森林の大半を占めている人工林が、ほとんど取り上げられていない点がある。個別地域の解説としてでもいいし、最後の解説の「二次的生態系と攪乱」のところでふれてもらってもよかったのではないか。また個別地域の解説として水辺林(たとえばマングローブ林や河畔林)も取り上げてもよかったのではないだろうか。それから、個別解説の中で提示されている図表は、大概わかりやすい説明が付記されているものの、次の2か所は、説明がやや不十分ではないだろうか。「高山のお花畑 植物たちの逃避地」の図「高山植物の要素区分」中にあるAとFの領域がよくわからない点。「道東湿原めぐり」の植生調査結果表中の算用数字・ローマ数字が何を意味するものかがわからない(植生学者ならわかるとは思うが)点。

 最後に本書のタイトルについて思うところを述べる。「愛しの生態系」とは響きのいいタイトルで、専門書としてよりも一般向け読者を呼び込むイメージを醸し出している。では愛しいと感じる主体は本書の読者を期待しているのだろうか、それとも各研究者がそれぞれの研究対象地を愛しいと感じているのを意味するのだろうか。私は、本書の読後、答えは、この両方だろうと思った。

(奈良女子大学名誉教授/紀伊半島研究会運営委員 和田恵次)

【書誌情報】
 愛しの生態系

 研究者とまもる「陸の豊かさ」

 植生学会 編 / 前迫ゆり 責任編集  A5判  240ページ

 ISBN 978-4-8299-7109-3  2023年4月10日発売

 定価3,300円(本体3,000円+10%税)  

Recent Entries